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永遠の都、大停電の夜と朝

6月は、私がアイスランドを旅した季節。
いまもあの場所は、あんなにもうつくしいのかな、
と、思い出してひとり深呼吸をします。
背筋を伸ばして、梅雨の合間だけですが、高い空を見上げて。
ほんとうにありがとう氷島。ほんとに行ってよかった。
なんという宝物。
そして空港で出会ったドイツ人ファミリーさんは本当にやさしかったなあ、
などと、しみじみと思いかえす季節。
またことしも無事にめぐってきたことが、素直にうれしい。
ほんとうに旅はいつもどこでも楽しい。
たのしいけどラクではなくて、それなりに大変だったりもします。
でもそこもふくめてオールオッケイ。

そんなわけで、別の旅の思い出をちょろっと記してみます。
2003年イタリアの旅。
遅い夏休みとして、9月後半に
フィレンツェ・サンマリノ・ローマをうろうろしました。
実は、このときがはじめてのヨーロッパ。
往復6万円香港経由、まさかの南回り。

アイスランドではコンサートの翌日に帰国でしたが、
このときも、お祭りの日の翌日が帰国日でした。
夏休み枠で旅行するとありがちなのかもしれません。
ゆく夏を惜しむ『白夜祭』が開催されていたのです。

La festa della NOTTE BIANCA”。
※リンク先はイタリア版WIKI先生。
なんと私が訪問したこの年・2003年が初開催だったようです。
その後も、順調なイベントのようでうれしい。なんとなく。

にぎやかに夜通しお祭り騒ぎがつづくつづく。
ローマっ子たちの歓声が、
波音のようにいつまでもいつまでも聞こえる夜。
でもワタクシはとっととホテルにこもって、
お部屋を満喫しつつ、
たのしいたのしいパッキング大会(地味)。

旅の終わりに、テルミニ駅にあったスーパーマーケットで
グリーントマトのジャムとか、リゾット用のお米とか、
重くて珍しいものをたくさん買い込みました。
それをわくわくにまにま、出したりしまったり。
あーでもないこーでもないと、たのしくつめつめしておりました。
機内で眠ればいいや、と余裕の夜更かし気味。

ちなみにお宿はこちら。
Hotel Villa delle Rose
名前がなんとも優雅なこと。
※リンクはトリップアドバイザーのサイトです
(公式HPは、なぜかうまく開かなかったので遠慮しました)

たしか一泊90ユーロ(当時)、こぢんまりした三ツ星ホテル。
以下の条件でさがした結果です。
たしかホテルのHPから直接予約したんじゃないかな。

・一泊100ユーロ以下
・豪華さはいらないので(そもそも無理だし)
こぢんまりこざっぱりしていてほしい。
・バックパッキングなノリは無理
・出来れば古い建物

古い貴族の館を改装して作られたということで、
最上階だった部屋は(といっても3階もしくは5階建てだったと思う)
体育館かと見まごうほど天井が高うございました。
おまけに何かの間違いではないかというほど広かった。
ひとり旅なのに。
その高い天井へ、ジェイコブズラダーよろしく
すっきりまっすぐにのびる、高いアーチ窓。
それを覆う鎧戸と重々しく垂れ下がるカーテン!! 
なんといううつくしさ。当然うっとりしました。しまくりました。
カリソメとはいえ、そこが自分の部屋だなんて!存分に味わい尽くす幸福。

しかし実はその、優雅極まりない鎧戸もカーテンも、
重いわ届かないわ回らないわ
(高すぎて手が届かないので、カーテンを扱う金具や
鎧戸を開閉するための蝶番に似たなにか(名称不明)が
ついていたのですがこれが固い重い動かない)
で、
まったくもって使いづらいという事実を知ることが出来たのでした。
……知は力なり、ってことかな、もしかして。

これってたとえば
『ルイ・ヴィトンのトランクはめちゃくちゃ重たいつくりだけど、
自分で持つことが前提になっていないので問題ない』
というのと同じような話なのかな。
(伝聞情報です。ヴィトンのトランクなんて持ったことないのでわからない)
「窓開け係」がいることを前提にした仕様なのでしょうか。
それはそれで夢想の広がるお話。

ともかく、すばらしく素敵なホテルでした。
こんもりと緑に覆われた小さな中庭、
ホテルのフロント前のサロンは、
天井画と優雅な細工の壁と柱が鎮座。
ソファーでゆったりと、ローマ市内の地図や
おなじみ『ローマの休日』のアン王女がベスパを
運転している写真入りの、レンタルバイクのチラシを眺めたりしました。
(大型ホテルの優雅さも捨てがたいけど)
このサイズ独特のひっそり感、B&Bほど距離が近くない
バランスがとてもよかった。

テルミニ駅の周辺は、
(大都市の中心となる駅の周りが得てしてそうであるように)
治安の面でやや微妙な評価を下されがちなエリアです。
実際、駅前の広場にはスリが多いから気をつけるようにと、
さんざん言われていました(2003年当時)
ただ、このホテルは、駅から350メートルという近さですが、
にぎやかな側の反対側。
少し落ちついた、ちいさいホテルや商店がぽつぽつとあるエリア。
テルミニ駅近と言うのは、バス路線が頭に入っていない
身としてはとても楽でした。

ほんのりお外のざわつきを、重くて開かない窓の向こうに感じながら
優雅なお部屋に早々と引上げ、高い高い天井と
ねこ足のバスタブを満喫する夜。
やはり途方もない幸福感に包まれていたなあ。

お外のみんなは元気だわね、と、ほほえましく思いながらも
ようやくパッキングを終わらせ、それではひと眠りしますか、
というところ。

飛行機はお昼前にローマ発。
歩いて5分のテルミニ駅から空港までは電車で20分。
8時半頃に出れば余裕を見ても9時半までには空港に着くよね、と言う算段。
2時間以上余裕があれば、まあ大丈夫かな。
目覚ましをセットして、
機内持ち込みの本をえらんで、にまにまとベッドにはいる活字中毒者。
さよならローマ、おやすみなさいイタリア、たのしかったよー、
と、いたって満ち足りたこころもちで、
やはり興奮しててあまり寝付けずにおりました。

ところが。突然『ブンッ』というような、大きな音が。
振動とともに、電気が消えました。部屋中の。
同じタイミングで、外でも「オーゥ」という、
ため息のような驚きのような声がした。
て・・停電??

高さのあるベッドを降りて、ハイジのようにぺたぺた歩く。
手探りで壁にある照明のスイッチを押す。
何も起きないまま。

うわーこれ停電だ! 

なんとか窓に近寄ってみるも、重たい鎧戸はやはり開かず。
しょうがないので、重い鎧戸ごしに外の様子を伺おうとする。
まさにフランクフルトのハイジ気分。
そしてハイジよろしく、なにもわからない。
でもたしかに、さっきまで鎧戸ごしにとどいていた街灯りがなくなっている。
外では騒ぐ人たちの声。イタリア語だし、
なにをいってるか、まるでわかりません。

とにかく、このホテルだけの問題でないのなら、
まあしょうがないよね、と、
私はとっとと眠ることにしました。

※当時の記事を調べたら、午前3時半頃に発生したとのこと。

とりあえず寝ましょう。それしかないわ、真っ暗だし、
と、ベッドに入りました。

実はこれ、イタリア全土・5600万人に影響を及ぼした
『2003年イタリア大停電』だったんです。

(以下抜粋)
首都ローマでは、9月28日はちょうど白夜祭(La festa della nottebianca)で町中に繰り出した150万人の若者達で、 中心街は夜明けまでにぎわっていた。しかし、皮肉にも白夜の最中の午前3時半に突然ブラックアウトし、 それから夜明けまでの数時間、家に帰りそびれた50万人は、真っ暗闇の白夜を路上で過ごさざるを得なかった。 だが、待ちかねた朝はおろか、昼も過ぎ、夕方の5時になってやっと電気が戻る有様で、 13時間半の大停電は、戦後最長という不名誉な記録を残した。
(中略)
計算根拠は明らかではないが、冷蔵庫の中の物が融け出したり、牛乳がいたんだりの食品の被害が、 一家庭当たり平均20ユーロ、一般商店の被害総額はおよそ1億ユーロとConfucommercio(イタリア商業連盟)は発表している。

(中略)
大停電は何故起きたのか?

隣国スイスのドイツ語圏の山中で、折からの嵐により古い大きなモミの樹が倒れて高圧電線に接触した。 それが災難の始まりであったと言う。

(抜粋ここまで)
参照記事:原発なき先進国イタリアの悩み(その2)

もちろんその時の私は、そんなことまーったく知らず、
さよならまた来るねイタリア、むにゃむにゃ、と幸せなきもちでうとうとしておりました。

さて、7時に起きてまずは朝ごはん。
ところがエレベーターが動いていない。うわー。
朝ごはんの会場は地下一階。なんてこった。
えっちらおっちら階段を降りることにしました。

◎つづきます

by chico_book | 2015-06-04 01:39 | | Comments(2)

Commented by Linda at 2015-06-05 01:38 x
ちこぼんさんは意外と嵐を呼ぶ女!
記憶に残る出来事に恵まれていますね。
それこそ旅の醍醐味 (・∀・)

去年通った有料語学コースに、
フィンランド&イタリアの血を持つイタリア人高校生がいたんです。

昔の少女漫画から出てきたような華奢な美少年で
私ともにこにこ会話する
その年頃にあり得ない優しい子でした。

1年間のフィンランド留学後にイタリアで高校を卒業し、
フィンランドの大学に入りたいと言っていました。
夢がかなっているといいなぁ。
Commented by chico_book at 2015-06-06 20:35
Lindaさんコメントいつもありがとうございます(感謝)
例によって長々しくなっちゃったので、
つづけてしまいました。あはは。
まあそんなに深刻なトラブルではないので、
大袈裟かもしれない、なんておもいつつ。

旅先でのシリアスなトラブルというと、
『パリパリ伝説』
というエッセイまんがで、
かわかみじゅんこさんが描かれていた
『インドの山奥でタクシーのの運転手ふたりに
さらわれかけて、猛スピードの車から飛び降りて、
止まってたダンプカーの下にはりついて逃げた』
というのを、いつも思い出します。
もちろん、それにくらべれば
大抵のエピソードは生ぬるいのですけども。

イタリア系の華奢な美少年というと、
イタリアの英雄(と呼ばれている、と私は思っている)
MotoGPライダーのバレンティーノ・ロッシ選手を
連想してしまいました。
御年36歳の現在は、
悪の帝王みたいな怖さと迫力を兼ね備えて
しまっていますが、ティーンエイジのころの彼は、
金色の巻き毛をふわふわたなびかせ、
さっそうとピットを歩く、
まさにアンジェロ(アンジェラ??)!! 
あの美少女はだれだ!?
と、話題になったというのが
お気に入りのエピだったりします
(出来すぎかもしれないけど・笑)

イタリアでも、
やっぱりたくさんやさしい人に会いました。
すこしずつ思い出して書いていこうかな、と思ってます。
写真もないし、12年も前の話なんですけど。
よろしければ、おつきあいくださいませませ(ペコ)
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