生きていても、まあいっかと思えればいい(のかも)

図書館利用まつり継続中

アレグリアとは仕事はできない

津村 記久子 / 筑摩書房



秀逸なタイトル。著者は『タイトル付けの名手』といわれているそうです。
深く納得。実感をこめてうなずく。
もっとも著者のお母様は「もっとほかにええのんあるんちゃう?」だそうですけども
職場での淡々としたうっくつ、生活での小さな喜び、
解決にならない結論、それらをひとつずつ重ねて生きてゆく、それこそが日常。

同時収録の『地下鉄の叙事詩』は息苦しかった。リアルなんだけども。リアルだからこそかな?
日常の中で小さく心の中にふりつもる、澱のようなものを一つずつ丁寧に拾い上げて
描写する。そして基本的には解決しない。劇的な変化は起こらない。

それでも、少しだけ息をするのが楽になる。一瞬だけ。
でもそれが特に苦しいことではない。
だって人生ってそもそも、そういうものだから。

明るい諦念とか、乾いた善意とか、
白飛びしたのか色あせたのかわからない色合いの「希望」とか
それを苦しくなく提供してみせるというのは、生半なことではない、と、思います。

仕事をする、働いて生きてゆくというのは、
『野心』とか『成功』とか、大上段に構えるものではないし、
あるいは、(たとえば結婚とかいう形の)日常を覆すような逆転ホームランは、もうない。
そしてそれは格段不幸なことでは決してない。幸福なことでももちろんないけれど。

婚礼、葬礼、その他

津村 記久子 / 文藝春秋



こちらは、印象として軽いんだけど(口当たりが軽いというか)
すっと芯に届く。迷わず、まっすぐに射抜かれる印象。
この境地を目指している女性作家はとても多いだろうけど、
この人の頭ひとつの抜け方は、大変興味深い。
よくもこんなにまっすぐに届けることができるものだ。
なにがどう違うのかしら。

ちなみに新刊の『ポースケ』は、図書館で37人待ちです。
でも予約を入れた時には60人待ちだったもの・・・たのしみ。

しかし飛ばし読みをしすぎました。
面白いだけでなく、良質な作品なのでちょっともったいなかった。

カソウスキの行方 (講談社文庫)

津村 記久子 / 講談社



タイトル並べてるだけで楽しくなってくる。うわっつらでなく、おなかの底から楽しさがわくかんじ。
力強いなあ。受け手の中にこれほどの力が残るとは。

まつりはまつりで楽しいけれど、
ハイになっちゃうと乱暴に扱ってしまいがちで、
それはとてももったいないことなので気をつけなくちゃな、という思いを新たにしました。

吾輩は看板猫である 東京下町篇

梅津 有希子 / 文藝春秋



CREAでおなじみ、猫特集からのスピンオフ。帰りのバスの中で読み終えました。それもまたよし。
立ち読みでは心もとなく、図書館内では別れがたいけれど、借りて帰ると意外とすっきり。
しばらく愛で倒してから返却予定。

2月にはいった途端、窓の外からねこちゃんたちの春の語らいが。
少しずつ朝が明るくなってくる季節。
でもまた寒さが戻るそうだし、今年は気温が落ち着かないので心配。

日々確実に膨らんでゆく沈丁花。毎日確認するのが楽しみ。
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まんさくの花。私の中では北国のイメージ。
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ここ数日の温かさのせいか、すっかり満開の梅の花。
寒気の中、凛と立つ姿が好きだったんだけど、とか勝手なことを思う。
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レースのように、波濤のように、ふわふわやさしくひろがる梅。
明るい2月の梅が、とても好き。
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あなたのことはいつも好き。ずっとずっと好き。
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(・・・・・・ふうん)
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by chico_book | 2014-02-03 02:14 | | Comments(0)

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