終わらなければいいと願う旅の気持ち

生来無精で怠け者なので、変化を好みません。そのくせ乗り物は大好き。
長距離フライトはしんどいよね、腰痛いし、なんて言いながらも、飛行機に乗った瞬間から
座席まわりの環境を整えて自分好みにアレンジしてしまう。
旅先のホテルでも、真っ先に荷物を並べて『自分の部屋』にしてしまいます。しないと落ち着かない。
一緒に旅したことのある友人に『まーた巣をつくってる! 』と言われたこともしばしば。
最近は一人旅ばかりなので懐かしい思い出。

もちろん体はしんどいし退屈ではあるのですが、それでもたとえば長距離便で
『当機は間もなく着陸態勢に入ります』
のアナウンスのころに感じる、ほんのりしたさみしさ。
いつまでも乗っていたいわけではないのに、早く旅の目的地に(あるいは戻る場所に)
到着したいに決まっているのに。なんだか不思議。
雲の上で、移動中という言い訳のある『態度保留』がそんなに好きだなんて、
自分の決断力のなさにすこし呆れてしまう。
それでも『地上のどこでもない場所』にいること、『地球上のどこにもいないこと』には胸がときめく。
国内線も含めると、それこそ何度も飛行機には乗っているのに
(しかし最近は雲の上でもネットがつながるようですね。オソロシイ)

さすがに今は候補にのぼりませんが、学生時代、本当にお金がなかったので、
九州から東京へ移動するのに高速バスを使ったことがありました。
一部で『キングオブ深夜バス』と呼ばれてる(らしい)東京(新宿)-福岡(天神)間の西鉄高速バス『はかた号』。
参考リンク:キングオブ深夜バス『はかた号』に乗ってみた!
ちなみにいま調べたら『1990年10月路線開設』にびっくり。開設直後に乗ってたのだわ! 
新し物好きと言うべきか貧乏と言うべきか。

何しろ、当時の福岡-羽田飛行機の往復はほぼ定価の5万円、
割引らしい割引は4.5万円にようやくなる程度の『往復割引』(充分高い)と、
出たとこ勝負・空席あるかどうかは運任せの『スカイメイト』しかない時代。
早割も格安航空会社も何もないところへ、往復2.7万円ただし往復30時間(当時)の高速バス。

当方お金はなくて時間だけはある学生。これは乗らずにはいられない。
しかも東京では新宿に到着、そこから『紀伊國屋書店本店』に直行する喜びときたら! 
もちろん基本的に『乗り物に乗ってること自体が大好き』という属性もあってのことですが。
東京で迎えてくれた友人と『ヨーロッパに行けるよね』などと笑いあったなあ。

ちなみに、当時朝ごはんとして(東京行きの場合)諏訪湖SAで
『クラコット・ツナポテトサラダの缶詰・オレンジジュース』
が提供されるのが、なんだかやけにかっこよく思えたものです。
そして、朝日の中、東に向かって中央道をひた走るバス。
こうしてみると、それほんとに平成の話なの、という気もしますが。

ひたすらにずうっとオレンジ色のライトに染まる、聞いたことのあるようなないような
地名が次々に流れてゆく夜の高速を、窓から眺めるときの気持ちを、時折私は思い出します。
割と脈絡もなく、不意うちのように思い出すことが多いので、落とし穴みたいだと思う。
自分で自分に掘ったものになっちゃうけど。

根拠のない、茫漠とした(行き先はわかっているのに
(何しろ高速を走っているとはいえ「路線バス」ですから))不安。
流れてゆく風景と、心に浮かぶとりとめのない気持ち。
それを追うでなく、見過ごすでなく、解き放たれたようななんとも不安なこころもちと、
その自由が持つある種の解放感。
その中で、残るものとながれてゆくもの。流れていったと思っていたのに、
気がつくとまた私の手の中にのこっているもの、とか、いろいろ。

この映画を見て、そんな気持ちを何故か思い出しました。単にヨーロッパに行きたくなったのかもしれないけれど。
大いなる沈黙へ -グランド・シャルトルーズ修道院



岩波ホールにて。堂々3時間弱(正確には2時間49分)のドキュメンタリー。
何しろ
”監督がたった一人で撮影・音楽なし・ナレーションなし・自然光のみ』戒律の厳しい修道院の日常をそのまま記録した映画”で、タイトルは『大いなる沈黙へ』(ダメ押し)”。

こ、これは…寝てしまうのではないかしらという不安と、それを上回る期待でそわそわと席に座ります。

※ちなみに、非常に混雑しています。私は15時からの上映回だったのですが、14:15には列ができていたので並びました。座れないひとがでるほどではなさそうです。
ただ、ふたり以上で並んで座るのはむつかしいかもしれません。
劇場の方によると、18時からの回が若干空いていることが多いらしい。ちょっと意外。
場所柄なのか、劇場の性格なのか、なかなかに興味深いですね。

結論から言うと、大変素晴らしかったです。
知らない世界のドキュメンタリー映画、ということで、もちろん好奇心から観に行ったのですが、
そんな簡単さや生半可さを静かに凌駕する、それが力強さや圧迫ではなく、静かにゆきわたってくる作品。
そしてそれが力を持って(圧を以て、というべきか)迫るのではなく
『ただ静かに存在する』ことの超越と自然と淡々とした強さ。

この映画を見ている間、私は確かに旅をしていました。
旅というよりは、生活していた、あるいは同化していた、なじんでいたという方が正確かもしれない。
ずっと私はその場所に、その空間にいたかった。解放されたくなかった。
長い静かなこの映画が、終わらなければいいのにと思っていた。
頭の片隅で、集中力のないことに
『この暑い日にちこは大丈夫かしら、休日くらいちこと一緒にいればよかったかも』
という思いがよぎったりもしたけれど、それでも。

信仰を持っていない私は、それでも祈りについて考えることはあります。
強い気持ちや希望、耳を傾けること、自らをささげること、
私が何者かになろうとすること、そのとどかなさ、
あるいは既に手中にしていたものの豊かさ、豊饒さ、
謝意や決意や反省や愛おしさやそれらのすべてが、
こころにぼんやり浮かんでは流れてゆく。

この映画に向き合うことによって、
いろんなものが澱のように沈んでゆく時間を持つことができて本当によかった。
瞑想のような追体験のような、コミットそのものを拒まれているのに、
漏れ出して伝わってしまう部分があるような、不思議な作品です。
9/13から横浜のジャック&ベティでも上映予定とのこと。
スケジュールは相変わらず厳しいのですが、いろいろ調整してもう一度観にいけるといいけど、どうかな。

・修道院の情報はこちらがわかりやすそう。フランス観光局のサイトです。

あ、ねこも登場しています。
素晴らしくいいタイミングで登場します。
最重要。
ものすごく印象的で素晴らしくかわいい。
まあねこはいつでもどこでもそうですけど!

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「……」
(当然すぎるのでしゃべる必要すらないおねこさま。濡らしタオルをかけられてご機嫌です)

※映画作中の猫とは関係ありませんが『フランスの至宝』ともいわれる『シャトルリュー』という品種の猫の名前の由来は、こちらの修道院だという説があるようです。

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・画像はWIKIよりお借りしました

頭部は丸いのですが、頬はたっぷり丸々としています。


世界の猫図鑑より引用。なんと魅力的な表現!

ちなみにこの日は映画のはしごをしました。一本目はこちら。
『パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト』



こちらも面白かったです。『カストラート』が大好きな私にとって、大変満足。
この手の映画は作品うんぬんよりももう音楽でりゃんはんくらいつけてしまいます。
こひばりちゃん(参考資料:森薫『エマ』)になって失神したい!! 
イルファリネッリ!!(もう粉々にして! という意味だったはず)



少し長い動画ですが、この3:55ころのこれです。是非ご堪能あれ♪
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by chico_book | 2014-08-06 02:20 | 映画 | Comments(0)

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