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モラルのありか

西村しのぶ「砂とアイリス」2巻がでました。と言っても、9月に出ていたのですが。
面白かったのだけれど、ついついいろいろ考えていて、間が空いてしまいました。
1巻の感想はこちら

西村しのぶは、一貫して大人であること、ひとりでたつこと、
自由と自立を主題にした作家だと認識しています。
それはデビュー作『「サード・ガール』で、恋人のいる7才年上の男性に
(彼女込みで)あこがれる女子中学生を主人公に据えたときから変わりません。

おとなになること、そして実際に「大人になったひとたち」の緩いつながり、
信頼、寛容、その上でのよりかからない依存。
すがらないけど、手をつなぎ合う、頼りにしている仲間たちと
あざやかに、そして軽々と人生を乗り切る彼女ら/彼らを、
その時々の風俗を交えて鮮やかに描く作品は何とも魅力的。

たとえば80年代前半は、『品のよい舶来高級ブランド』や、
さまざまなハイファッションを見事に着こなして、自分のものとする美也のかっこよさや
(社会人一年目のOGが、後輩である大学生主催のパーティ(またこれが神戸の異人館貸切だったりする)に
行くのに『和服』ですよ!! すごい。こういうことが、ほんとにあったのかどうかはもはや関係ない)

サードガール 1 (キングシリーズ)

西村 しのぶ / 小池書院



高校生が留学資金を稼ぐためにディスコの黒服のバイトをする「美紅・舞子」とか、

美紅・舞子 1 (ビッグコミックス)

西村 しのぶ / 小学館



納期あけ、まとまったお金を手にシャネルで3桁万円のお買い上げを「キャッシュ」で
支払うスズ姉さんの切れ味などなどと言ったエピソードは、

SLIP (1) (Jets comics)

西村 しのぶ / 白泉社



時代性を考慮しないと、誤解されやすい部分があると思えるのです。
例えば、同じようにブランド品の名詞や華やかな生活を送る80年代の大学生を描いた
『なんとなく、クリスタル』に見られるような『呪い』の気配、
先行きへの不透明感・おぼつかなさ・不穏さは、ここにはない。
バブルだろうが失われた10年だろうが、その時々に自分のやり方で人生を乗りこなす、
素直でまっすぐな物語たちです。
私自身彼女の作品に「あるある的な共感」を感じることはなく、
充分『フィクション』として楽しんできました。
これからはじめて、彼女の過去作にふれる人たちにとっては
風俗史的な読み方になる部分もあるでしょう。
たとえば平成の世に、谷崎の『細雪』を、読むようなかんじかな。
そんな読み方ではありますが、彼女の作品を充分楽しみにしてきたのですが、
今回少しばかり戸惑いがありました。そして、そんな自分に、やや戸惑っております。

西村しのぶの描く恋と生活には、たとえばそのディティールやアクセサリーが
(それがまた魅力的に描かれるんだけど)その時代ごとに変わっても、
一貫したモラルがあります。あると思えます。不思議なことに。

よく考えると結構ひどいの。

BFが万引きしてきたリングをプレゼントしたのを「サイズが違う」と笑い飛ばすし
(しかも「○○(自粛・実在の店舗名の記載有)のフロアはガードが甘い」というモノローグは、
現代の感覚だとNGかも )

高校生の飲酒喫煙当然だったし
(『彼氏彼女の事情』にもスモーカー設定の高校生がいましたね。
こちらは作中でむっちゃ怒られていたので、許容されてる西村作品とは全く違う流れですが)

彼氏彼女の事情 (1) (花とゆめCOMICS)

津田 雅美 / 白泉社



でも一番ひどいのはポポユリだと思う。
犬がほしいというヒロインのために、近所の家から赤ちゃんのシェルティをさらってくるの。
それが、ポポとユリ。
「言われたとおり犬つれてきたよ。だからしよう」
これはさすがに、初見当時もどうかとはおもったけど。って、これほぼ百合の話だわ。

RUSH 1 (アクションコミックス)

西村 しのぶ / 双葉社


※百合…『RUSH』のヒロイン。

高校生の飲酒喫煙はある時期の作品までは頻出でした。
最近描かれなくなったのは、やはり配慮なのか、
あるいは単に高校生が登場する作品がないだけなのかは微妙なところ。


銀魂 (第8巻) (ジャンプ・コミックス)

空知 英秋 / 集英社


いまやこの表紙が「学ラン姿にみえるから」咥え煙草姿NGになったというほど。これには驚きました。
※もちろん学ランではありません。制服「ぽく」見えるだけ。
※いまや、と言ってみても2005年刊行。もう10年近く前の話。
※こちらは週刊『少年』ジャンプなので、その辺の線引きもあるとは思います。

そういえば、時々遊びに来るねこにあげる煮干しを常備しおきながら、
『猫は野良猫に決まっています』と、家には入れないというくだりもありましたね。

アルコール 1 (YOUNG YOUコミックス)

西村 しのぶ / 集英社



まあ、こういったかんじで、ディティールへのこだわりが大変魅力的であるかわりに、
気にしはじめるときりがないというか、そこは気にしない方向で、という部分も
結構な割合である作家さんではあります。

それでも、西村しのぶ作品がおもしろく読めるのは
「悪いところはあっても、一貫した倫理・哲学を持つ登場人物たち」
として描かれているからではないかと思います。

『サード・ガール』の大人の方のヒロイン・美也は、過去に既婚者の歯医者と恋愛をしていました。
(女子大生が、ベンツに乗った歯科医と不倫! ワオ、とかいうのはさておくのがコツ)

不倫中であることを知ってなお、同級生で後に恋人になる涼は美也を口説きます。
「やめときなよー、若い女の子がおっさん相手に。俺にしなよ」
と、あくまで軽口で、それ以上は踏み込まない。
「だって俺女の子の恋愛は止めないもん」
あくまで決めるのは美也。自分の気持ちは全開で伝えるけれど、押しつけない。

その後美也とつきあうようになった涼が、数年たったときにぽろりと言う。
「美也さんはモラリストだからなあ」
この言葉の重みが、さりげないだけに効いています。
美也が歯科医師と別れた、直接のきっかけは涼です。
『好きな時にあえないのがつらいのか 家庭をしょっているのが重いのか』
『あの男の子を好きになったの 彼に誠意を見せるわ』
この会話を涼が知っているかどうかが不明ですが、
そののち、涼のパートナーになった美也は、彼にとって『モラリスト』なのです。
いっとき不倫と言われる関係を経験しても、自分の基準に従って行動を決める。
それが恋でも、それ以外でも。

そののち、ささいな行き違いが涼と美也に生じたとき、折よく
(まあまんがですからそこは)「昔の恋人に再会した」美也は、
誘われるまま食事に行きます。
そして「寝てもいいわ そう思う」と、軽々とつぶやくのです。
シャンパンを片手に「酔ってない」と。駄目押し。

この匙かげんですよね。これが実に魅力的。
結果だけみれば、不倫二股掛け持ち当たり前
(そういえば「ごめんごめん、未遂だからいいじゃない」というシーンもありました)
西村作品から、マナーを学ぶことはあっても、モラルを云々することは不粋である。
それはキャラクター個人の内に、規範が確固としてあるから。
それを信じることは、たとえばたいせつな友人の決断を重んじるようなもの。
そんなふうにして、ずいぶんながいこと読んできました。

だから、ここ数年の「ライフスタイルマイブーム反映系作品」の連発は、
それはそれで楽しいんだけど、少し物足りませんでした。ちょっとつらかった。
西村さん中国茶好きなんだね(私も好きだから楽しいけど)とか、
梅干しつけたのかな、とか、広告屋(あるいは彫金やってる)お友達ができたのかしらとか、
そんなふうに読めて、そんなふうにしか読めないのが、なんともさみしくもあり。

そんなところに12年ぶりの新作ですよ。一巻の帯は「発掘女子よ、凛とあれ」。
今回の主人公は考古学研究者。
大学に残った研究者ではなく(彼女の本命ではない業務の)研究所に在籍と言う、
ちょっと微妙な立ち位置の研究員・長瀬なぎさがヒロイン。
研究者としては物足りなくもあるけどそれなりに楽しい現職と、
何かと気にかけてくれて本来やりたい研究方面への道をつけてくれる、
母校の梶谷先生(助手なのかな、ちょっとよくわからない)の、
いろんな意味でやぶさかでない微妙な関係が中心。

ながくなったのでつづけます。

by chico_book | 2014-11-05 01:24 | まんが | Comments(2)

Commented at 2014-11-09 22:37 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by chico_book at 2014-11-10 00:51
Lindaさんこんばんは!
無事届いたようでよかったです、実はあれ、土曜日を待ってわざわざ郵便局まで行ったのに、窓口が開いてなくって、これで大丈夫なはず、と不安になりながら投函したのです。
土曜>水曜と言うことは綺麗に5日。郵便局の公式どおり。そんなにはやいんですね。九州まででも、3日かかるのに。
これで自信がつきました! えへへ。また出しますね☆
旗のカードは、8月に九州の知人を赤レンガ倉庫に案内した時に購入したものです。いかにも横浜ぽい場所、ということで。めったに行かないんだけど、行くとテンション上がる場所、赤レンガ倉庫。(観光地ってだいたいそんなかもしれませんね)なんかかわいかったので。
ジブリ映画ってことは、コクリコ坂かしら。横浜市がご当地映画としてすごく利器入れていた記憶があります。私は未見なので、観てみようかな。
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