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泣くのはいやだ笑っちゃお、と(口に出せずに)目を伏せる


遥か遠い20世紀の終わりころ、新卒で就職したときのお話。
文学部なぞを卒業し、それが世の中でどれほど役立たずであるか、
なんて事実に振り落とされそうになりながら、
えっちらおっちら会社に通っておりました。

卒業と同時に引越しをして、
学生向けの木造アパートから鉄筋の家に住むようになり、
冬は7時を過ぎてもまだ暗い福岡の街
(もしかして私の心象風景かもしれない)で、
それでも毎日えいやっと起きていたころ。

同期の女子が、言ったことがあります。

「しんどいときはさ、アンパンマンじゃないんよ
アンパンマンりりしすぎっとよ。位負けするやん。
しんどいときは『ひょっこりひょうたん島』がいいとって!! 」
(正義の味方に『位負け』(笑))

それ以来、ときどき『ひょっこりひょうたん島』を口ずさむようになりました。
これほど「口ずさむ」のが似合うたがあるだろうか、なんてことも思う。
(そういえば、岡崎京子さんも大変力づよく歌いあげていましたっけ)

それから20年も経ったいま、ひとりでそっと、その言葉の(歌の)重さに嘆息する。
うたうのもつぶやくのもしんどい。いやもうくじけそうやん、なんて。

この世にたやすい仕事はない

津村 記久子 / 日本経済新聞出版社



前職をバーンアウトして退社した主人公が、
紹介されるままにさまざまな仕事をゆるゆると経験する不思議な物語。

淡々と経過する中にぽつんぽつんと置かれる奇妙なユーモア、
パンチのきいたせりふや観察眼の鋭さ、描写の圧倒的な力は
まさに津村さん独壇場。
なんということのない事象や街角が、
あっという間に極彩色のパノラマのような迫力を持つ(でもあくまで地味)。
中途あるいは短期契約として「出来上がっているところ」に
そおっとおずおずとはいって行き、少しずつ足場が出来てゆく、
その心情や描写のていねいさ。
卑下するほど無能でもなく、賞賛されるほど有能でもない
バランスでこなす「しごと」の話。

日常から少しずれそうで、それでもぎりぎりふみとどまる
そんなあれこれを経験して、ようやく少しだけ回復する。
そのささやかな明るさが、冬の朝の弱々しい光のようで、
それでもその光を浴びて輝く霜柱みたい。
それは、あっさり踏みつぶされるかすかな存在だし、
あっという間に溶けてしまうけれど、
それでもとてもきれいで、私は毎朝地面を探してしまう。

よい作品です。
津村さんの初期作品は、読んでいてつらくなることも
多かったけど(でも読む。もちろん読む)いまは違う。
(たとえば明らかな「敵役」が登場する作品でも。
「こっちから見るとクズだけど、彼/彼女にも
何らかの事情があってこうなっちゃったんじゃないかな、
いやもちろんあかんけど」
なんてついつい考えてしまいがち。
あげく「日和見」なんて友人に言われたり(しょぼん))

辛さと苦痛、そこに軽さとユーモアを交え、
それでいて途方もない虚無感みたいなものまで
一気にいっしょくたに読ませてくれる、
たいへん稀有な作家さんだと思います。

連休最終日、公園でこの本を読もうといそいそお出かけしたものの、
はじめて行った目的地、『公園前』のバス停からなんとえんえん
迷子になってたどりつきませんでした。なんてこった。
(地図をちゃんと確かめずに前を歩いていた
『テニスラケットを持っていたいかにも公園に行きそうなおじさん』
についていったのが敗因←大馬鹿)
ちょっと悔しかったけど、狐に化かされたような不思議な感覚が
この作品にちょうどよくもあり。
はじめて乗るバス、知らない街、びゅうびゅう通りすぎる、なんとも旅気分。
そんな中最終章を読みふけるのは、異空間にふらっと行って、
じつにじつにあっさり帰ってきたような、それはたのしい感覚でした。

※週末に購入した本

性のタブーのない日本 (集英社新書)

橋本 治 / 集英社



『春画展』行きそびれた悔しさのせいか、そそのかされて購入(誰に??)。
定期的に来る橋本治ブーム。
ああやっぱりがっちり『窯変 源氏物語』よみたい。
何しろ長いうえにこてこてなので、片手間ではとうてい読めません。

阿・吽 3 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

おかざき 真里 / 小学館



最澄と空海を主人公に据えた物語、ようやく第3巻。
大変素晴らしい。力を持ったというより、力に充ち溢れた作品です。
「光」だけでは足りず、「光の軍」で、「輝」というかんじになるのだなあ、
などと、うすぼんやり思います。

おかざきさんの美麗で豪華な線で語られる王朝の政治、差し金、陰謀、
問われる正義、求める心理、そして暴力と光。めっちゃ多い情報量。
聖と俗と力が脈動しながらあふれる物語。
作者がこの物語をつづるヨロコビ、の、ようなものがドバドバ沸き返っている。
出会えることが幸福で幸運だと思えるタイプの作品。

絵と物語の相乗効果も、大変素晴らしい。すごくいい。
読んでみてよかった。続きがめっちゃ楽しみです。

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本を読む私の傍らにはねこ(マックスハッピネス)

by chico_book | 2016-01-14 00:45 | | Comments(4)

Commented by Linda at 2016-01-15 01:54 x
津村さんの作品で何を読んだっけ、と調べて
何も読んでいないことに気づきました。もったいない私。

ウィキによると会社員されながら書いている…すごい。
村上さんが走るように、津村さんは会社勤めも大切にしてるのかな、なんて。

ちこにゃんお花のつぼみみたいでかわゆい。

ひょっこりひょうたん島!それは思いつかなかったなぁ。
同期さんナイスだわ。
私は365歩のマーチとか頭の中で鳴らしてたかなぁ。
Commented by chico_book at 2016-01-16 23:23
人生は、ワンツーパンチ!!!
勇ましくっていいですよね。

私は時々彼女のことを思い出します。
すっごい細いのに、すっごくたくさん食べるひとで
(うらやましかった…いまでもうらやましいですハイ)
イタトマのケーキバイキングで
最低8個、最高12個という記録ホルダー。
(若さも感じさせる数字だわ)

津村さんは今は会社員をしていないみたいです。
http://www.webdoku.jp/rensai/sakka/michi155_tsumura/
(WEB本の雑誌のリンクです)

それでも、2005年にデビューで
2009年に芥川賞も受賞されているて、
文筆業が忙しくなって退職されたのが2012年。
やっぱりすごいー。
(このインタビューの中で)
『今でもお勤めしたい』
と語っておられてますので、
Lindaさんのおっしゃるような
相関関係はありそう。
場所として、有効に機能しているとか
そういうかんじなのかも?・

ひらいたり閉じたりするちこ、
なんだかチューリップみたいだわ、
と、春先っぽく。

ところで今日『ひつじ村の兄弟』を観てきたのですが、
アイスランドのひとも、クリスマスシーズンでも
寝るときは半そでTシャツでした!!

やっぱり日本の家は寒いのね、
なんてしみじみと思いました。
Commented by desire_san at 2016-01-18 12:28
こんにちは。
私も浮世絵が好きなので、「春画展」の内容を興味を持って読ませていただきました。
私は『肉筆浮世絵-美の競艶』展を見てきました。菱川師宣により肉筆浮世絵という絵画のジャンルが生まれ、多彩な浮世絵により発展していく過程を、作品を見をってみれて思いました。
私は、浮世絵の誕生・浮世絵の歴史と肉筆画を中心とした浮世絵の魅力を私なりに整理してみました。読んでいただけると嬉しいです。ご意見・ご感想などコメントをいただける感謝致します。
Commented by chico_book at 2016-01-19 00:00
desire_sanさんコメントありがとうございます!

上野で展覧会があったのですね、
最近とても浮世絵の展覧会が多いように思います。
私が気付かなかっただけかな??

たちえばわたしは印象派の人気の理由が
いまひとつピンと来なかったのですが、
数年前六本木の新国立での展示で
印象派の変遷について、縦軸を通した解説を
読むことができて、ずいぶん理解が深まりました。
ブログの記事を拝見して、上野の展示も
そういう内容だったのかしら、
とちょっと悔しがっています。

でもこうして立派な記事を読ませていただくことが
できたので満足満足☆
のちほど、ブログにもお伺いしますね。

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