ポーラスターは揺るがない

帰宅途中にネットのニュースで知って呆然としました。

漫画家・吉野朔実さん死去 『少年は荒野をめざす』など
(リンク先はエキサイトニュースです)

美しくも硬質な世界を、やわらかさと繊細さを込めて
描きだしてくれた作家さん。
大好きでした。ほんとうに本当に大好きでした。

『ぶ~け』掲載の毎回趣向の違う短編連載、その統一タイトルが『いたいけな瞳』。

いたいけな瞳〔文庫〕(2) (小学館文庫)

吉野朔実 / 小学館



こちらに収録された
『月の桂』
を読んだときに、わなわな震えたのを覚えています。
そのころまでは(学生と言うこともあり)
書籍の『所有』にたじろぎがあったのですが
(いまの私からは信じられませんがほんとなの)
諦めた瞬間でもあります。
これは必要だ。この本は私の人生に必要だ。

高校生作家として華々しくデビューするものの、
二作目の壁に苦労している大学生作家・仲原(主人公)。
(仲原から見て)
たいへん素晴らしい小説を書く友人・清滝は、
失恋の痛手から、大学も東京での生活も、
すべてを放り出して山奥に隠棲します。

『小説家になる気はないのか
電話とFAXがあればどこででも出来る仕事だ』

『ひとに見せるために書いたんじゃないんだ
仕事にするのはつらい
あれこれ人に言われるのも辛いよ』

『俺には見せたくせに』

『あれは
魔がさしたんだ』

才能と愛憎のせめぎあいと言う、
よくあるテーマのひとつではあるのですが、

それを短いページ数に効率よく入れこんで
畳みかけてくるひりつく心地よさ。

以下作中に登場する清滝の書いた
ただ一作の小説としてあげられたのが以下の文章です。
すばらしい。


その年呼ばれたのは中国人の画家だった
屋敷中の襖絵をひと冬かかって描き換えるのだ。
たとえば南向きの『夏』と呼ばれるその部屋の襖には
藍色の波が
延々と延々と描かれた。

金箔の月が描かれた時
「夏」の海は夜になり

それで波しぶきの粒は
そのひとつひとつを
真珠にしようということになった



「俺は雪国を知らなかった」
「こんなにも美しい夏の夜を
見たことがなかった」


これだけで仲原のいかんともしがたいほどの焦燥感、
切望と(それを得られないことによる)絶望が
充分に伝わります。

そんなこんな、あらゆる物語を
このうつくしい絵で存分に描き出してくれるのだから。
毎号毎号なんとまあ贅沢なおたのしみだったことか!!

よしながさんが対談集で

「吉野朔実さんの描くような、うつくしいけれど
成熟拒否の生硬な少女と言うものが理解できなかった
だって世の中も成熟もそんなに怖ろしいものではないから」

と言う意味のことを語っていらして、
これはこれで、大変大変興味深いのです。

『少年は荒野を目指す』

『ジュリエットの卵』
など、生傷そのものの痛さ、
踏み外してしまいそうな危うさ美しさを描く作品から

『僕だけが知ってる』
のように、いろいろな要素を寄せ木細工のように
バランスよく配置した作品まで、その変遷も含めて大好きな作家さん。
(『PERIOD』には今一つのりきれなかったのが残念)

『瞳子』
に描かれる自分と家族と、恋と友情のバランスとアンバランス。
人生の歩きにくさをいとおしく感じさせてくれる作品。

瞳子(とうこ) (ビッグコミックス)

吉野朔実 / 小学館



吉野さんは非常に主観のつよい作家さんだと思います。
その世界観に身を投じることができるか否か、
で、評価が分かれる様な気がします。
そんな作家が存分に力量を発揮できる場所のあった時代に
めぐり合わせたことを、感謝。とても感謝。

長年『本の雑誌』で書評のコミックエッセイを連載されていました。
忘れたころに届く、親しい友人からの手紙のような本が
とても好きでした。

吉野さんとは本の趣味がそんなにあう訳ではないけれど、
読んでて面白い、うれしいたのしいのは
『好きなものが一緒なこと』
ではなく
『筆者がどういうふうに対象にアプローチしているのか』
『どういう点に魅力を感じているのか』
であることを、しみじみと感じ入ることの多い連載でした。

そしてなにより
『本をたのしむこと』『本のある生活、その充実』
の極意やヒントや秘密がぎっしりみっちりつまっていました。

神様は本を読まない

吉野 朔実 / 本の雑誌社



映画に関するエッセイもたのしかったなぁ。
たくさん導いていただきました。
たくさん支えていただいた。

ハードカバー、大判の本が似合う作家さんでした。
たくさんコミック文庫も出ていて、たいそうありがたいのだけれど
ちょっとものさびしいかもしれない。

ほんとうにありがとうございました。
もっともっと、これからもずっと読みつづけたかったです。

あまりにさみしいので、
ネットが私にすすめてくれたたいへんうつくしい動画を。



慰めてくれてるのかな。オッケーグーグル(プラス)
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by chico_book | 2016-05-03 06:09 | まんが | Comments(0)

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