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クロマメちゃん異聞と言うか秘話と言うか


「ねこ飼ってるんだって?」

彼女は、にこやかにコーヒーポットを持ちあげた。
ポットの側面に、わたしの顔があまりにもはっきり映っていて、
なんだか笑ってしまうほど。
こぶりのポットは見た目に反してずっしり重たい。
ポットを置いてある銀のトレイも、鈍く重々しく輝いている。
古い銀器のうやうやしさ。なんだかひっそりとしている。
熱くてつややかな液体が注がれるカップは、持ち手の華奢な品のいいノリタケ。
ルームサービス、銀のトレイ、大理石の丸テーブルにひとりがけのソファ。
さすがに役者がそろっている港町のホテル。
ふだんマグカップでざぶざぶ飲んでいる私はこころもち緊張する。
ちょっと腹筋に力を入れたりして。

ええまあ、飼ってるというか暮らしてるというか
生活のなにかをシェアしてるというか。

「ねこかわいいよね。わたしも昔わんちゃん飼ってたのよ」

そうなんだ。

「でも13歳まで生きたのよ、その犬種にしては大往生だったの。
結構大変なこともあったから、すっかり気が抜けちゃって、
さみしいのはさみしいんだけど、
でも旅行とか行きやすくなったしね、て思ってたのよ」

旅行好きの彼女はそう言って笑う。
つい先ほど、10月に買ったばかりだという
新しいデジカメの自慢話をしてくれたばかり。
ことしの12月はドイツのクリスマスマーケット巡りをするのだとか。

「そしたら、息子がねこ拾ってきたのよ。
『いぬもおらんちゃけんよかろう? 』
なんて言い出してさ。こっちはわんこロスの最中だってのに。
『散歩もいかんでいいけん、母ちゃんも楽よ』
とか都合のいいことを。
最初ムカッと来たけどまあ、顔見ちゃうとね」

えへへ。にまにましてしまう。彼女もにまにまわらっている、
いわなくてもわかるよね。わかりますとも。

「いくつくらいですか」

「8ヶ月くらいかな、子ねこではないけれどお誕生日前。
もう暴れる暴れる」

想像つくなあ。

心底楽しそうに、彼女はカップを口に運んでからかるく眉をしかめた。

「苦いね」

そうですか。そうなのかな。
わたしはこのシチュエイションに圧倒されて
ちょっとよくわからないかな。

「クラシックなホテルって、そうなのよ。
欧州のひとはこういう味が好きなのかも。
わたしはもっとあっさりした方が好きなんだけどね。ごくごくのめるような」

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そう言って苦いコーヒーをごくごく飲む私たち。
お酒に弱いので、しゃべりっぱなしで飲みまくる。

「どこまで話したっけ」

「ちびにゃんこが来たところまで」

「そうそう、チビっていうほどチビでないんだけどね、若にゃんこね。
暴れるわ走り回るわ家を破壊するわものは倒すわ」

……あああ!!

「観葉植物によじのぼって木ごと倒れるわ、ゴルフバッグのなかで粗相するわ
出てこられなくなって大鳴きするわ」

ちびにゃんだなあ。でもなんかもう、尊さしかないですね。
最近机の上からおろせーおろせーと大鳴きするにゃんと暮らしていると。
(私がいないときどうしてるのか)
(たぶんうまいことやっている)

「冷蔵庫は開けるわ、引き出しは開けるわ、
開けたあとゆっくりしまるタイプの引き出しで行方不明になるわ」

キジトラの女の子だそう。なんてかわいいやんちゃさん。

「息子がまた
『こいつ遊び足りんのやない? 』
なんて言い出して、おもちゃをふりまわして遊ぶ遊ぶ。
くたびれておとなしくなるどころか、
体力がめっきめきついて、どんどん高いところにのぼれるようになって」

かわいいけど大変だぁ。

「ねこってね、もっと物静かでおとなしいものかと思ってたのよ」

まあねこそれぞれですよね。

「そうそう。でね、そんなとき息子がゼミ合宿で、
3週間ほど家を空けることになったの」

おお。

「もうねこ馬鹿だから
『うわーないわーつらいわー』
とか言ってとぼとぼ出かけて行ったんだけど。
それはまあいいとして、
さて家のなかに、わたしと夫と猫がいるわけですよ」

ふむふむ。

「私は元はわんちゃん派で、正直ねこの扱いはわからない。
夫は犬のこともねこのことももうなんにもわかんない」

ほおほお。

「だからね、まずは遠巻きに見るわけです」

ねこを?

「そう、ねこを」

彼女は重々しくうなずく。
若いころは多岐川裕美とか池上季実子に似ていると評判だった彼女、
クラシックなホテルのクラシックなアイテムがとてもよく似合う。
窓の外にはヨコハマヨコハマした横浜の夜景。


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※この写真はシーバスからなので、イメージです

「うん。新聞の影からちらちら盗み見るかんじ」

でもそれは対ねこ基本姿勢ではないかしら?

「そう?  とにかくね、暴れられるのも困るし、
じゃらしふりまわすのもむりだったのよ。私五十肩だし、夫はテニス肘で」

うわ、いたそう。

「そしたらね。…ねこの態度が変わってきてね」

どんなふうに?

「あれ? って顔をするの。あれ? このひとたち、そうなの?
そうでるの? って顔するのね」

ああ、なんかすごくわかります!!

「そしたらねえ、もうすごかったよ。
『そうざますか。実はワタクシも、かねがねあんな野蛮なのは
ちょっとねえ、どうかしらねえ、と考えておりましたの。
おたくの息子さんがあまりにも喜ぶから、お付き合いしてはおりましたが、ねえ
レディに対して、ちょっと、ねえ???』
って態度と表情になっちゃって!! 」

!!

「うちの夫はおじいちゃんだから(注:ひとまわり以上年上の旦那様)、
あまり動かなくてソファーにどっか、と座ってることが多いのね。
そしたらあの運動会をしていたねこと思えないあしどりで」

ねこのあしどりすばらしいですね。

「花魁道中かっていうくらいしずしずと、
モンローウォークのようにたっぷり歩いてきて、ひらり、と
夫のおなかの上に乗るのよ。
おじいちゃんだからびっくりするじゃない?
そこにね、ゆっくりまばたきして、ちっちゃーいこえで
「みぁぁ・・・ん」
っておっしゃるわけですよ」

うわ。あかんやつやそれ(似非としりつつ)

「そしてごろ・・ごろろ…と言いながらゆっくりと箱になる」

彼女もわたしも、ごくりとコーヒーを飲む。
熱くて静かな苦い液体のありがたさ雄弁さ。

「完璧ですね」

「完璧なのよ。もうね、おじいちゃんだからまさにいちころよ」

いやまあそれはしょうがないんじゃないですか。
おじいちゃん云々ではなく(経験者)

「面白いのがね、息子が帰ってきてももう全然態度が違ってて。
『いつまでもあなたみたいな子供と遊んでなんかいないのよ、
わたしレディなんですから。ぷい!』
みたいになっちゃって、まったく相手にされない」

あはは。

「子供が膝からくずおれるのなんてはじめて見たわー。
『親父になんか預けるんじゃなかった』
『母ちゃんがついていながらなんでこんなことに』
って、むなしくじゃらしをなでるあたりがもうおかしくておかしくて。
こんなにも女心がわからんとか! ってね。
あれはもてないタイプだって、わたしその時確信したの」

「まあ最終的に、就職してひとり暮らしになった時に
ねこを連れてっちゃったのよね。なつかしいな。
ゼミ合宿に行ってたころなんて、だからもう、ほんとに大昔」

彼女の微笑みがやわらかくなる。

「あのときはほんとに確信してたのよ。
この男に、彼女ができる日が来なくてもしょうがないって。
でもまあよかったよかった。ほんとによかった。
相手も、大のねこ好きなんだって」

息子さんの挙式のために上京(横浜だけど)された年上の友人のお話。
15才のキジトラにゃん・クロマメちゃん
(由来は肉球がつやつやだから!!)に家族が増えるお話でした。
いまでも、おじいちゃんには『レディキティちゃん』と呼ばれているそうです。

「おめでとうございます」
「ありがと」
「ねこ好きに悪い人はいませんよ」
「ね」
「ね」

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おめでとうございます。

ちなみに慶事の直接のきっかけは、転勤辞令による
『遠距離恋愛ダメ絶対! もうここで決める!!』
モードだったそうです。
クロマメちゃんショック、と、彼女はこっそり呼んでるそう。

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このかたは、にくきうすべて見事なピンク色。
ほんとに何もかも完璧(陶然)



by chico_book | 2016-11-18 02:08 | ねこ | Comments(4)

Commented by pinochiko at 2016-11-18 07:17
一編の小説を読んだような気分。
朝から楽しませていただきました。ありがとうございます!
素敵な文章ですよねぇ。うっとり。
猫をモチーフの短編集、できそうだなぁ。
猫に翻弄される人間、っていうのが基本コンセプトになるんだろうな(笑)
Commented by chico_book at 2016-11-19 00:57
ぴの様、コメントありがとうございます。
我ながらワンパターンだとも思いつつ、
ねこが侵略してゆく話はも大好きで大好きで。
いまも堂々としているということで、嬉しさ倍増。
そういえばメイちゃんも、このパターンかな?
メイちゃんの堂々たる態度が大好きです。ふふ。
おっとりおにいさんも、
なかなかそわそわが抜けないのんちゃんも
みんな本当に素敵。

今回は、ロケーションに助けれらて一層楽しかったです。
海から見るホテルニューグランドは、
到来する客人(船)を堂々と迎えているようで、
香港のペニンシュラをすこし思い出します。
(ペニンシュラに止まったことないけど(笑)
友人のおすすめのマロングラッセを買いました)

若い人が心を決める話はいいものだなあと、
しみじみしました。
Commented by にゃおにゃん at 2016-11-20 19:58 x
良い話。きっとお嫁さんを大事にできるね。
実家のさくらは私にべったりだったのに、今はもう下の弟にべったり。
いない私がいけないんだけど、弟が送ってくれるさくらの写真は穏やかで安心しきって幼い顔。
横浜、想い出の街。働いた会社の本社もあったし、祖父が戦死する前に旅立った地も横浜だった、と60年振りに帰還したネーム入りの万年筆を手配してくれた戦場ライターさんと足跡をたどった町。
Commented by chico_book at 2016-11-22 00:52
にゃおにゃん様
なかなかのびやかな青年で、
とても面白くてあっという間のおしゃべり時間でした。
『ツイン(のシングルユース)だし泊まっていく?
朝ごはんおいしいみたいだよ』
とも言われたのですが、ふふふ、
そこは待っているねこがいるので。

さくらちゃんは、それでもふところ深く
かまえていますよね。
欲を出さない、うらまない、でもおそれずにきちんと欲望する。
ちこをみてもしみじみと深々と思います。

そしてにゃおにゃん様の語る横浜はひと味違いますねえ。
横浜の港の方は、150年前にある日突然
寒村から国際都市になったと言う割り切りの良さが好きです。
あ、ちょっとねこみたい???(強引)
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