2018年 09月 09日 ( 2 )

来し方のかけらをふりかえる

地図を片手に、ああでもないこうでもないと
うんうん唸っていたわたくしたち4人組・当時大学生に

『どうしたん自分らなんか困ってるん? 』

と話しかけてくれた方がいました。

『ホテルが天王寺なんで、そこに行きたいんですけど』

『ああ、あかんあかん、んのうじちゃうわ、そんな街ないない
 てんうじや、ちゃんというてみい、はい、さんはいっ』

(20年以上前の話でもあり、方言が適当なのはご容赦くださいトホホ)

と、三回ほど4人全員で練習させられご教授いただき、
正しい発音を身につけたところでホテルの場所まで親切に
案内してくれて

『楽しんでってやー』

と、さわやかに去っていったお兄さんのこと、
顔や雰囲気はまったく覚えていませんが
そのことだけは強烈に覚えています。
愛は消えても親切は残るってこういうことでしょうか。
(愛じゃないけど)

南海ラピート号で、当時まだそんなには多くなかった海上空港である
関空に向かうの大好きでした。もちろん帰ってくるのも。
よくもまあこんな不思議な建造物つくったものだ、
と思いながらの着陸、
そして陸地への帰還、ワンクッションある感じが
ソフトランディングのようでやさしく感じられて。

たまたま向かい合わせに座ったかたが、
おなじ大学の卒業生であったという衝撃の出逢いがありました。
地元の学校でもないのに、関空でなぜ!! 
たしかにその方の所属サークルは、
バックパックなノリノリで海外旅行に
行きまくっていることで有名なサークルでしたが。
(いま検索してみたらSNSのアカウントを発見、
現役在校生もやはり世界中を走り回っている様子。なんとなく安心)


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こちらは函館に行ったときの写真。函館公会堂のうつくしい窓。



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ハリストス正教会と秋のばら。
それはそれはうつくしい街でした。
例によってシーズンオフだったこともあり、
人も少なくのんびりと散策を楽しむことができました。
11月半ば、秋の紅葉が終わってクリスマスイルミネーション直前というのが、
年中観光大人気タウン函館の、数少ないシーズンオフだったそうです。
お宿のかたに教えていただきました。
温泉のぬるめが43度でびっくりしましたっけ。


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当時まだうちの子でなかったちこにゃんの貴重な写真。
(背景がごみごみしていますが)うちのベランダにやってきたところ。
しっかりアイコンタクトして、わたしのココロを強奪したのち

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こうして身をひるがえして


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いずこかへと去って行っていたものです。
(ウソ。ほんとはご近所さんのおうちに帰還。
ちこは引越しの時に置いていかれたにゃんなのです)
うおう。なにこの指先ひとつで抑え込まれている感じ!!

たのしいひとのたくさんいる西の街も、
うつくしくておいしい楽しい北の街も、
どうか皆様ご無事でありますように。

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こんなふうにすやすやと、安楽にすごすことができますように。


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ずいぶんお鼻も治ってきました(9/5の写真です)
ねむねむにゃん。




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by chico_book | 2018-09-09 23:46 | | Comments(2)

ためこんでいた課題をあれこれ


ねこの病院のあとまわしにしていた
ヒトの病院にあれこれ行って
ああなんだかまるでスランプラリーのようだわ、
と感慨しきり。

検査結果の説明を受けて
諸々の注意事項とかとりあえず緊急性はない話とか
次の定期検査をいつ頃にしましょうとか紹介状とか
そんな感じのあれやこれや。
ひとりであれこれこなしていると
なんだか大人になりましたねえ、と、
今更過ぎる感慨が胸をよぎらなくもなく。

気がつけばはしごした病院どちらのドクターも
地元の公立大学の附属病院経由でいまの場所にいる方でした。
単なる偶然なのですが、地元では珍しくない話なのかな、
ちょっとびっくり。
以前知り合いだったかたのお嬢さんが
そこの医学部に合格してそのお祝いを
渋谷の炭火焼のお店でしたことなどぼんやり思い出す。
検査の真っ最中に。

「公立なのよ、学費やすいのよ、
ほんとに彼女の努力は尊いしありがたいのよ、
出来る範囲で一番安く済むんだから
文句なんか言ったら罰あたるのよ
でもねえ、正直6年はしんどいのよ………
しかもうちにはまだ息子がふたりもいるのよ……」

とジョッキ片手に嘆きつつ、運ばれてきた帆立を片手に

「いやああん、武田久美子!! 」

と絶叫していたたのしいマダム。

渋谷の飲み屋は意外とT大生が多い、
場所柄意外なのかいやまあ考えてみれば妥当なのかも
というお話をして

隣のテーブルがじっさいにT大生で
もりあがっていたこと、
私はそのときこの本のことを
思い出していたことなどを


(たぶんこの本の登場人物は別の学校だけれども)

薄暗い検査室で、うつらうつらしながら連想したりなんだりかんだり。

とはいえ、待ち時間が長かったので
一気に本を二冊も読めました。わあい。



誤解を恐れずに言うと、わたしは自分の家族と
あまり共有するものがなく、
シンプルな義務感のようなものでごくゆるく
結びついていると思っています。よくもわるくも。

この作品で描かれる家族とはもちろんまるで異なるけれど
そんな心の裏側の、ひっそりしたところに
ゆるく光を照射するような作品。

不謹慎な話ではありますが、家族を襲う不幸な事件や事故などが
報道されると、わたしはそこに残された家族、
とりわけ子供のことをいつも考えてしまいます。
それこそ条件反射のように。
じんせい残り少なくなってるのに
なぜ子供の立ち位置なんだ、とも思いつつも、
今やほとんどただの生理的な反射なのでやめることも出来ない。
でも、かわすことはずいぶんうまくなりました。たぶん。
当人比でしかありませんが。




タイトルと装丁の美しさ、
そして予測した通りの静かでひそやかで
儚いのにかぼそさのない(むしろ骨太さがあるのに儚い)
堀江敏幸の世界。その豊穣に、存分に浸れるよろこびよ。

偶然手にした古いはがきに書きつけられた
詩のように思える文章に導かれて
その作者を探りゆくまぼろしのような物語。
そのひとの実在は濃淡さまざまに色あいを変えるけれど
その詩人の記した言葉の詩情はふかくひっそりと
長く長く東洋の作家のなかに降りつもり、
そしてそれを私(たち)は受け取ってしまうのだという
ことばの幻惑にひたれるだけでもう充分。
フランス語が出来たらもう少し楽しめたかも。
いえいえこれで充分。







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by chico_book | 2018-09-09 22:47 | 日々 | Comments(0)